ビジネスに特化した、人工知能のスペシャリスト養成で、日本や世界に変革を巻き起こす――シナモンの新たな挑戦に迫る――(前編)

シナモン代表取締役 平野 未来さん

東京大学大学院修了。在学中にネイキッドテクノロジーを創業。iOS/Android/ガラケーでリッチなUIを実現できるミドルウェアを開発・運営。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA2011年に同社をmixiに売却後は、2012年にCinnamon(シナモン)をシンガポールに創業し、ベトナムやタイに拠点を開拓。ビジュアルなプライベートコミュニケーションサービスでアジアNo.1をめざし動画アプリTuyaを開発・運営し、新たに、人工知能に関する事業に挑戦されています。人工知能事業の背景や構想について、初めてインタビューで語っていただきます。

平野さんは、現在、日本に拠点を置き、人工知能に関する新しい事業を始めていると聞きました。どんな事業か詳しく教えていただけますか。

平野 未来さん(以下、敬称略):今取り組んでいるのは、AIをテクノロジーが現時点でそこまで進んでいない業界にも導入するという、コンサルティングからシステム開発をカバーするサービスです。日本ではAIというと、「チェスや将棋でAIが人間の脳を越えた」とか「自動運転にどう活かすか」という、多くの既存の業界にとっては少し特殊な世界か、アカデミックな研究の文脈で語られることが多いのが現状です。

もちろん、Amazonのレコメンド機能のように、10年以上も前からAIはビジネスですでに活用されています。ですが、医療業界や人材業界、法律など色々な業界・分野において、AIを本格的に導入すれば、各業界の抱えていた課題を圧倒的に効率よく解決できます。AIは絵を描いたり料理をしたりするというように、色々な種類の処理を行うことには不向きですが、「何をやるのか」という目的を狭く絞り込むことで、高速かつ大量な処理が可能となるのです。

目的の絞り込みがAIを活用するためのカギなのですね。具体的にどんな業界でAIを活用できるのでしょうか。

平野:人材紹介を例にとると、マッチングの効率化や精度の向上に役立てることができます。人間では、例えばこれまで1日10件くらいしか候補者と企業のマッチングをこなせないとします。ところが、マッチングの基準となる大量のデータがあれば、AIがマッチングのパターンを学習し、1日に何千件、何万件とこなせるようになります。

また医療の世界もAI導入によって、大きく変化を遂げるでしょう。医療の多種多様な最先端の知識を、一人の医者がキャッチアップすることは、まず不可能です。ですが、膨大かつ多岐にわたる症例や、日々進歩している医学の知見を、AIが取り込んで対処法をはじき出せるようにすれば、医者の負担を軽減できますし、より正確な診断につながります。また、ガンかどうかの判断や告知において、AIの客観的な分析結果を拠り所にできることは、訴訟リスクを抱える医者の心理的負担をかなり下げてくれるはずです。

AIは様々な業界で、大きな可能性を秘めているのですね。もともと平野さんはAIに関心があったのですか。

平野:実は最初に起業したネイキッドテクノロジーでも、レコメンド機能など、AIのサービス提供することから始まりました。私も人工知能をかじっていましたし、CTOはまさに人工知能を専門にしているんですよ。当時は紆余曲折があってサービスを変更しましたが、10年前と比べて、大きく時代が変わったと感じます。

AIをビジネスに取り入れるには、「インプット」「プロセス(処理)」「アウトプット」の3つが必要になります。まずは大量のデータのインプットが前提ですが、これだけスマートフォンが普及しているので、例えば「20代の女性がツイッターでどんな言葉を多くつぶやいているか」といったデータも簡単に集められるようになりました。そして、2点目の処理速度も、技術革新によって圧倒的に速くなりました。3点目の「アウトプット」、つまりAIが生み出した分析結果を表示させる端末も、スマホ・タブレット・IoTの普及などにより一般の人たちに広まりました。これだけ必要な条件がそろった現在こそ、AIの事業に原点回帰するには、良いタイミングだと考えています。

この事業に踏み出す直接のきっかけ、決め手は何でしたか。

平野:決め手となったのは、ベトナムの開発拠点で、AIをビジネスに活かせる優秀な人材の宝庫だという現実を目の当たりにしたことです。ベトナムの人材採用で、AIがわかる科学者、エンジニア募集したら、なんと応募が150名も殺到したんです! 日本でいう東大や東工大クラスの優秀な人材ばかり。ベトナムは国策の影響もあって、優秀なエンジニアの宝庫になっているんです。

150名って驚きです! 日本とはぜんぜん違うのですね。

平野:日本に目を向けると、AIを研究している人材は全国で300人くらいしかおらず、人材不足に陥っています。そのうえ、人材のほとんどが電気メーカーや自動車メーカーに就職するため、AIの技術をビジネスの現場で実践できるような人材が日本では非常に限られており、人材不足の解消が緊急の課題なのです。

そこで、人材不足解消に向けて私たちシナモンが取り組んでいるのが、AIをビジネスに具体的に活かす方法を生み出し、開発できる人材の育成です。ベトナムで応募があったエンジニアから選りすぐりの15人を雇い、ビジネス特化型のAIスペシャリストの育成プログラムを受けてもらい、育成を図ってきました。

ビジネスに特化したスペシャリストを養成する際、どんな資質が大事だと考えていますか。

平野:数学的素養やプログラミング能力、AIに精通していることだけでなく、スタートアップで必要とされる資質に富んだ人ですね。なぜなら、実用レベルで人工知能を使えるようにするためには大量の試行錯誤が必要だからです。様々なアルゴリズムが世界には存在していますが、例えばそれが医療の画像診断に使用できるかどうかは、実際に試さないとわかりません。色々なパターンを試行錯誤せざるをえないため、失敗を恐れずどんどん挑戦して改善を続けるマインドや、根性も必要になります。また、システム開発の中で発生する障害を、わかりやすくチームのメンバーに伝えられるようなコミュニケーション力も問われます。

そのため、アカデミックなAIの技術のみを追求し、研究論文の厳格なルールに凝り固まってしまった人では、かえってこうしたスタートアップ的な進め方に適応するのが難しいのです。よって、ビジネスに特化したスペシャリストを養成するには、アカデミックな研究者と、必要なスキルが異なると考えています。

後編につづく