「体験」をデリバリーする、VRイベントプラットフォーム cluster.(後編)

~累計2.6億円の資金調達に成功した秘訣に迫る~クラスター株式会社CEOの加藤直人 VR元年といわれた2016年。Oculus Rift、HTC VIVE、PlayStation VRといったヘッドマウントディスプレイが次々に登場しました。VRの特徴は、何といってもその強烈な没入感にあり、ゲームやエンターテインメントの領域を中心とし、現在では建築や医療など活用領域が広がっています。そんななか、「ひきこもりを加速する」という斬新なコンセプトのもと、注目を集めているのが、VRソーシャルアプリ「cluster.」を手がけるクラスター株式会社(https://cluster.mu/)。エイベックス・ベンチャーズ、ユナイテッド、DeNA、Skyland Venturesおよび個人投資家から累計2.6億円の資金調達に成功しています。今回は、クラスター株式会社CEOの加藤直人さんに、VRの「体験価値」に着目した背景、資金調達に成功した理由を中心にお聞きしました。後半では、どのように起業の壁を乗り越えたのか、VRとARの応用範囲の違いとは何かについて語っていただきます。 (前編はこちら)


―資金調達で成功した要因を前編で語っていただきました。逆にこれまで壁にぶつかった経験はありましたか。

2016年2月にcluster.のα版を公開するまでの半年間は、つらかったですね。クラスター株式会社は後輩と二人で起業したのですが、当時はエンジニアとデザイナーが一人ずつという四人体制。プロダクトを実際につくっては人に見せて、それを壊して……というのをくり返していました。VRを用いたオンラインゲーム的なものということ以外、明確なサービスの軸が見えないまま。最初の資金調達で得た資金は半年~1年くらいしかもたないですし、逆算するとキャッシュアウトする時期が見える。それまでに納得いくサービスをつくれるのかという焦りが常にありました。当時私は休む間もなく開発にかかりきり。疲労も積もり積もっていました。  ―そんな厳しい状況を乗り越えられられたのはなぜでしょうか。今のcluster.のコンセプトが確定する前に、複数人が同時に体験できる脱出ゲームアプリという構想を練っており、VRのイベントに展示する機会がありました。次々にやってくる参加者に体験してもらってフィードバックをもらい……というのを1日中やった。あまりに疲れたので全員、丸一日の休みをとったんです。そして一息ついたときに、自分の本当にやりたいことがふと降りてきた。それが、自分のひきこもり時代に感じていた不満を解消してくれるという、現在のcluster.のコンセプトです。実は、「脱出ゲーム」という枠を設けると、自分たちで脱出ゲームのコンテンツを常につくり続けることになる。自分たちはコンテンツクリエイターになりたいのか? そんな、そもそもの問いが浮かんでいたんです。サービス立ち上げに向け、お尻に火がついた状態でがむしゃらに走り続けたこと。そのうえで、いったん心の空白となる時間をつくったこと。これが自分の原体験に根づいたサービスを考え出すための突破口になったのかもしれません。そこから2、3週間でα版をつくり、世に出したら想像していたよりも大きな反響がありました。技術的な根幹となる部分はそれ以前に開発していましたが、サービスのテーマが固まってからは、はやかったですね。 

―現在はAR(拡張現実)を用いたサービスも増えていますが、VR、ARの応用の方向性の違いについてどうお考えですか。

VRとARの本質的な違いというと、技術的な側面ではこうです。人の目に入ってくる光を100%現実と違うものにしたらVR。一方、1~99%が現実と異なっていたらARといった違いしかない。実は両者は地続きなんです。ではこの100%と99%以下とのギャップは何かというと、VRの場合は、そのコンテンツを体験する際に目の前を完全にディスプレイで覆ってしまう。よって、VRは「行く」体験。ARは「来てもらう」体験になります。体験する側の視点では、VRとARを「ハレとケ」の概念でとらえると、その違いがわかりやすい。日本には伝統的に、祭礼や年中行事などを行う日を「ハレ」の日、普段通りの日常を「ケ」の日と呼んで使い分ける伝統があります。この概念を用いると、VRはコンサートのようなイベントなど、非日常な特別感のあるコンテンツと相性がいい。もしくは宇宙飛行士の訓練のように、コスト的にも大がかりなものもVR向きです。一方、ARは「ケ」にあたる日常生活の体験をより便利に、豊かにするのに向いています。例えば、マイクロソフトの「HoloLens(ホロレンズ)」。イメージとしては、PCやスマホのインターフェイスを通してでしか見えなかったものが、音声やジェスチャーで呼び出せて、目の前の空間に浮かんでいるという感じです。自宅のデスク横に、Facebookやよく見るニュースなどのトップ画面が空間に浮かんでいれば、わざわざスマホなどを操作しなくても、それらの最新状況を一覧できる。こうして日常のデスクやオフィスの体験を変えていくのがARです。  

―ARの技術の浸透は、仕事の仕方、ひいてはビジネスパーソンの発想の方法なども変えるきっかけになりそうですね。

ARの本質とは、「空間のパーソナライズ」です。冷蔵庫の横にクックパッドの画面を置いておくとか、近くのスーパーの特価情報や冷蔵庫の中の具材の残量を出すとか。その人のニーズに応じて、空間に紐づけて必要なものを拡張していく。例えばAirbnbで知らない家に泊まるときに、入室してすぐに「ここで空調を操作できます」と矢印が浮かんでいたら便利ですよね。こんな風にARのほうが日常生活に溶け込みやすく、今後見込めるマーケットサイズも大きいでしょう。ただし、クラスターとしては、非日常の「ハレ」にあたるライブやイベントといったエンターテインメント領域のインフラとして食い込んでいく予定です。  

―クラスター株式会社の今後のビジョンをお聞かせください。

クラスター株式会社を通じてやりたいことは、バーチャル上でのコミュニケーションインフラを作ることです。信用がお金のやりとり以上に重要になる評価経済社会が到来する未来において、コミュニケーションの分野を軸にクラスター株式会社を成長させたいと考えています。今後は、ある情報や体験に価値があると感じた人が、その提供者に何らかの支援を行うという価値交換が、バーチャル上でとてもナチュラルに行われるようになっていくはずです。その価値交換におけるコミュニケーションや決済のためのインフラをつくれたらと考えています。まずは、エンジニアに限らず採用にも力を入れて、cluster.の世界観を一緒につくっていく仲間を増やしていきたいと思っています。 

―信用による価値交換という未来を見据えたうえで、cluster.の足場をしっかりと固めているのが印象的でした。今後の展開がますます楽しみです。