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「心のケア」をゲームの力で身近なものに――臨床心理の卵が挑む――(前半)

認知行動療法に基づくゲームアプリ「SPARX(スパークスAndroidiPhone )」を2016年にリリースした株式会社HIKARI Lab。SPARXは、10代の自殺率の高さを憂慮したニュージーランドの国家プロジェクトとして、オークランド大学で開発された、“楽しみながら認知行動療法の考えを学べる”という画期的な3Dロールプレイングゲームです。

dsc_1238株式会社HIKARI Lab代表の清水あやこさんは、東京大学の教育学研究科臨床心理学コース修士課程在籍中にSPARXの存在を知り、事業化を決心したといいます。

シンギュラリティ大学が日本で初めて開催した「ジャパン グローバルインパクトチャレンジ」でのプレゼンテーションでは、思いのたけを熱く語っておられた清水さん。SPARXの可能性に注目された理由や、日本版へのローカライズにおける工夫を中心にインタビューさせていただきました。


 

――SPARXを日本に普及させるにあたって、清水さんの課題意識は何でしたか。

日本はまだまだ心のケアの方法が普及していない現状にあります。もっと気軽に心理カウンセリングを受けたり、心の問題への対処法を学んだりできる世の中にしたい、という思いを強く抱いていました。こう思うようになった原点は、高校生の時にさかのぼります。不登校の友人・知人から相談を受ける機会が多々あり、そこから家族や学校の問題で悩みを抱えた人がいかに多いかを感じていたのです。精神科やカウンセリングに行くという選択肢を知らない人もいれば、一歩を踏み出すのに躊躇している人も多い。そこで、心のケアを身近なものにする道を探すべく、臨床心理を学ぶことに決めました。

また、欧米に留学し、そこではカウンセラーが身近な存在であると知りました。そもそも心のメンテナンス方法を知っていれば、心が疲労したときに予防したり、症状が軽いうちに自分で対処したりできる。そこで、オンラインカウンセリングの重要性を感じるようになりました。オンラインなら、多忙なビジネスパーソンでも気軽に利用しやすいと考えたためです。そんな頃、友人に教わったのがSPARXでした。SPARXは、ニュージーランドの国家プロジェクトとして、オークランド大学で開発された、”楽しみながら認知行動療法の考えを学べる”という画期的な3ロールプレイングゲームです。国連とユネスコ後援の「国際デジタルアワード」と「ザ・ワールドサミットアワード」を受賞するなど国際的にも高い評価を受けています。

色々と調べていく中で「これだ」と直感し、ニュージーランドの開発チームに連絡をとりました。「日本でこのゲームを普及させたいので、詳しく話したい」と。もちろんコネクションはありませんでしたが、根気よく熱意を示していくことで、日本版を開発する認可をもらうことができました。

 

――ものすごい行動力ですね! SPARXに着目した理由は?

一般的にメンタルヘルスでも身体の病気でも、「予防」にお金を使うという意識はそこまで広まっていません。ですから予防を実践してもらうには、その行動自体が楽しくないといけないと思ったのです。その点、SPARXはストーリーがうまくつくられていて、エンターテイメント性が高い。気軽に続けられますし、登場するキャラクターと一緒に頑張るというスタイルもよいなと感じました。

また、注目していたのは、SPARXのゲームのもとになっている認知行動療法の効果。認知行動療法とは、落ち込みや不安といった心の不調の解消をめざすアプローチ方法の1つです。2010年に認知行動療法の一部が保険点数化されるなど、日本でも浸透しつつありますが、認知行動療法を実際に取り入れようと本から勉強したり、人から教わったりするのは敷居が高いのが現状です。だからこそ、SPARXが普及すれば、心のケアをもっと身近なものにできると確信を抱いたんです。

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――SPARXのほか、心のケアに関連するプロダクトやサービスはありましたか? 

認知行動療法の分野ですと、自分の認知や行動の変化を書き留めていき、認知の歪みに気づく、ということで、例えばうつレコ〜うつ病の人のための行動記録ツール〜のように、気分を書き留めるアプリケーションは存在していました。

また、著名なゲームデザイナーのジェイン マクゴニガルが開発した「スーパーベター」というゲームも、アメリカで人気を博しています。ゲームを通じて、憂うつや不安といった負の感情を軽減し、自信や意欲を取り戻す方法を学ぶことができます。このゲームは著者自身がうつ状態から回復するために試行錯誤した経験がもとになっているといいます。

 

――SPARXを日本人に合うようにローカライズするうえで壁にぶつかった経験は?

SPARXはもともとニュージーランドや西欧のカルチャーに合わせてつくられたゲームです。そのため、キャラクターを日本人に親しまれるものに変えるという局面で苦労しましたね。例えば、キャラクターの目を大きくしたり、顔を丸くしりしたのですが、まだまだできることはあると思います。また、心のバランスが崩れると全般的な認知力が下がる傾向にあるので、ユーザーにストーリーラインを落ち着いて追ってもらえるよう、キャラクターのセリフをゆっくり目に話すようにしました。さらに、精神的に不安定なときは、相手からの接し方に敏感になります。そこで、ユーザーを傷つけるようなニュアンスがないかなど、セリフの細部にまでこだわりました。

私は開発当時は大学院生で、開発の実務についてわからないことが多かったのですが、他のゲーム会社のエンジニア3〜4名の力を借りて、ローカライズを進めていきました。

 

――非常に細部にわたって工夫を重ねていかれたのですね!

プロダクトを広めていくうえで大変だったのは、ユーザーの周囲の方々が持つ、ゲームそのものへの不安を払しょくすることでした。中には「ゲームに没頭すると、余計に社会から孤立してしまうのではないか」といった心配をされる人もいます。ですが、SPARXは没入感の強いゲームではありません。「楽しいこと、達成感を感じられることを毎日1つずつ行ってください。身体を動かすことも取り入れてください。さあ、これで「気分」が良くなるレシピを手に入れました!覚えておいてください。」というように、キャラクターがガイドしていきます。ですので、自分の身近なところで実践してみよう、というように行動の変化や社会とのつながりを促す構成になっています。こうしたメリットを正しく、わかりやすく潜在ユーザーに伝えるという点で試行錯誤していましたね。

現在は個人利用だけでなく、法人利用も増えつつあります。現在では、うつ病の方の社会復帰トレーニングの一環として、うつの方の復職・再就職支援を行う株式会社リヴァや、株式会社BowLなどと提携しています。

これから会社に復帰される方だけでなく、新入社員などに向けてストレス対処法を身につけてもらうツールとしても利用してもらいたい。そんな思いでさらなる展開をめざしています。

後編につづく